冬の夕暮れ
冬の昼間は、晴れていても日差しが寒々しくて、あまり好きではない。夕暮れの時間はしみじみ寂しくて好きだ。
町にある物
とりたてて騒ぐほどではないが、気になる物ども。
昔住んでいた所
昔住んでいた所に行った。記憶の中にある街並みと、実際に見た街並みを比べると、全体的に小さく見えた。住んでいた頃と比べると、自分の体が大きくなっているので、そんなもんかな、と思ったが、ちょっと待てよ、とも思った。目線は40cmくらい高くなっているが、今40cm屈んでも、周りの空間が広くなった感じはしない。という事は、当時も今も見ている風景はそんなに変わらないはずだ。見ている風景から、空間の広さを認識する際に、身体の大きさが関係しているのだろうか。腕や脚の長さみたいなものを使って、広さを測っているのだとしたら、狭くなった事もなんとなく腑に落ちるような気がする。エジプトのファラオの指先から肘までを1キュービットとした、という話を思い出した。
ぶらぶら歩きながら建物や道路を見ていくと、記憶の中にあるものとの対応が取れてくる。ものとしての対応は取れるのだが、感覚としては異なる。見た目が同じものを使って作ったミニチュアのような感じだ。生活していないせいもあるかもしれない。当時の生活で使っていたものや、象徴的に覚えていたものは、ほとんど無くなっていた。こっそりとした所は記憶と同じで、うすらぼんやりした印象だけが残る。ただ、当時と同じ匂いがしていたのには驚いた。身体が大きくなっても同じ匂いを同じ匂いとして嗅げる、というのはなかなか不思議だ。空間の広さはかなり変わってしまうのに。
冬の農村
冬が近くなると、風景が激変する。木々の枝が目立つようになって、残った緑も心なしか暗い色になる。人間の生活も寒さと日の短さに影響を受け始め、変化していく。
以下実家周辺の風景
大根を収穫した
葉を切り落とし、
チェックしたあと、
輪切りにして、
漬ける。
寒くなると、
猫が家に寄り付くようになる。
他の家の大根
収穫された菜っ葉
トマトももう限界
庭の白菜も元気
曇りの日が多くなる
曇りの日が多くなる
葉が落ちて露わになったハチの巣
水が止められて出てきた魚
いつの間にかラ・ムーになっていた
冬になると普請が多くなるような気がする
工事も
それでも今年は暖かくて助かる。